世界は国際化する。それはさけて通れない現実だ。

 

高橋正美さんは、箱根仙石原にある温泉民宿「富士箱根ゲストハウス」のオーナー。

過去にLanguage Institute of Japan事務局長、インターカルト日本語学校事務局長、TOEFLゼミナール事務局長、インターナショナル・ファッション・アカデミー事務局長、クロスカルチャー事業団本部長、Tokyo Journal発行人代理、箱根町教育委員などを歴任。

20092月に国土交通大臣より「Visit Japan大使」の任命を受けている。

 

内向きも外向きも、送り出す側も受け入れる側も、経験することが大切だ

 

高橋さんが世界を意識するようになったのは、高校生の時にアメリカ人老夫婦を助けたことがきっかけだ。片言の英語でホテルへの道案内をしたら大変喜ばれ感謝された。「英語を話せば人の役に立てる。世界の人を喜ばせることが出来ると思った」、これが原体験だ。

大学卒業後、高橋さんは、地方自治を学びたくて箱根町役場に就職した。しかし、英語や国際的な仕事への興味は持ち続け、仕事を終えてから一人で英会話教室に通った。この思いが、高橋さんの人生に「3つの転機」をもたらすことになった。

 

第1の転機は、MRAアジアセンターのLIOJ(Language Institute of Japan)に転職したことである。内向きのローカルな職場から一転、世界に開かれた外向きの職場に移った。当時、LIOJは、海外派遣を控えた企業人向けの英語特訓講座を開講していた。高橋さんは、外国人講師と協働して職責を果たす一方、職場体験を通して異文化コミュニケーション能力を磨いた。また、日本人の英語下手は学校教育のあり方に原因があるとして、全国の中学・高校の英語教師を対象としたワークショップを開催し、実践的なコミュニケーション手段としての英語を身につける大切さを学んだ。

 

第2の転機は、クロスカルチャー事業団(東京・高田馬場)に転職したことである。

高橋さんは、この職場で、日本及び日本人が国際社会の中で正しく理解され、かつ、公正に評価されるためにはどうすべきかをテーマとした6つの仕事に取り組んだ

①「インターカルト日本語学校」で日本語教師養成講座を立ち上げ、日本語教育の普及・啓発に努めた。

②若者を海外の大学に送り出す留学予備校「TOEFLゼミナール」の事務局長として、海外に雄飛する若者たちを支援・応援した。

③英文月刊誌「Tokyo Journal」と中文月刊誌「東京(トンチン)」の発行人代理として日本の情報を世界に発信した。

④日本文化を紹介するTV番組を制作してアメリカのTV局で放送した。

⑤言葉を超えたコミュニケーション能力(Non-Verbal Communication)に注目し、「インターナショナル・ファッション・アカデミー」を立ち上げて日本人の美的センスの国際ブランド化をめざした。

⑥全国の自治体から依頼を受け、各地域の国際化に向けたコンサルティングを行った。

 

第3の転機は、26年前、実母の病気をきっかけに箱根の実家に戻り、温泉民宿「富士箱根ゲストハウス」をオープンしたことである。「経済的に自立しなければ、どんなに立派な理念も絵に描いた餅に過ぎない」と考えた高橋さんは、経済と理念を両立し、かつ、相乗効果を発揮することができる持続可能な国際交流の仕組み造りに挑戦した。また、箱根町教育委員として地元の小中学生をゲストハウスに招き入れ、外国人観光客の来訪を歓迎する心を育む指導を行った。さらに、一般社会人を対象に地域再建をめざす実学講座(箱根一円塾・箱根農学校)の開催や産学官の連携によるインターン学生の受け入れも行った。

ホテルや旅館では味わえない「出会い、ふれあい、学び合い」のもてなしスタイルが好評を博し、オープン以来、世界75カ国から11万人を超える外国人観光客を受け入れた。

 

 

 

 

富士箱根ゲストハウスを世界平和の拠点に

 

高橋さんの夢は「富士箱根ゲストハウス」を世界平和の拠点にすることだ。

「国際観光は平和産業である。ここは単なる民宿ではない。草の根レベルの人間交流を通して、国家間の対立を未然に抑止し、また、融合に向かわせる役割を担うことができる」と語る。

 

高橋さんが若い世代に贈る言葉は“夢は大きく、視野広く、見識高く、思慮深く”。

「夢は若者の特権だ。大宇宙を視野に入れ、見識を高め、思いやりの心で夢の実現にチャレンジして欲しい。井の中の蛙になってはいけない」と説く。