日本で認められてもたいしたことはない。世界で認められたい。

世界、海外に興味を持ったきっかけは「イタリア人のナンパ」

中学生でイタリアに行った時、飛行機で隣の席にとても綺麗なお姉さんが座っていた。

自分も気になってずっとちらちら見ていたのだけど、声はかけられなかった。

しかし通りかかったイタリア人のお兄さんは、一目彼女を見るとすぐに声をかけ始めた。

カルチャーショックを受けた。

「綺麗な人にはちゃんと綺麗だと言ってあげなきゃ失礼だろ」とでも言うかのような

イタリア人のお兄さんの華麗なナンパっぷり。


これをきっかけに、世界って楽しいんだなぁと実感し、興味をもった。



「戦争をなくす」という人生の目標

大学ではアメリカに留学をした。

その時に据石和さんという広島原爆生存者の講演を聞いた。

据石さんは米国に生まれ、広島で育った。
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才女学生の時に被爆し、21才で留学のため渡米、結婚。
被爆の悪夢と戦いながらも「平和」を願い、

72年からあらゆる土地でスピーチを行い続け、

日本から医師団を招き、米国内被爆者に対する健康診断を実現させた。

彼女の話を聞き、「戦争をなくしたい」。そう強く思った。


そのために、人と人とが繋がり、高めあえる場を作りたいと考えた。

現在クルミドコーヒーというカフェでアルバイトをしながら日本でも活動しているが、

カフェ文化を学びにフランスに行くことも計画している。


官と民が一緒になってやるべきことがある、やれることがあるのでは?と、

官民交流イベントも主催している。


まずは、日本を救う。そして、世界で認められる。

人生のライフステージに合ったやるべきことがある。

戦争をなくすのは人生の目標ではあるが、その前に日本をどうにかしたい。

そこで、かつての「ものづくり大国」復活を目指し、日本企業への就職を決めた。

2010年後期にはものづくりの現場、中国へ渡った。

2ヶ月間、工員と同じ生活をした。

日々ミシンと向き合い、ゴキブリが足元を走り回る部屋で寝た。

人間が良くないと、良いものも作れない。


尊敬できる人からは学びたい。

けれど、今のままではいけない。変えていかなければ未来はない。


日本で認められてもたいしたことがない。

舞台は最初から世界だ。